
顔料を混ぜて色を生み出す漆。
ベースの漆(木地呂漆)は、琥珀色のため
白の顔料を入れても真っ白になりません。
そこで、卵殻の「純白」は画期的な表現方法の一つでした。
調べてみると記述が少なく
いつから使われ始めたのかよく分からない「卵殻」。
漆芸辞典には、「卵殻塗とは、卵殻を割って、漆器の全面、
あるいは一部に付着させる変塗」とあります。
※変塗とは、「上塗において、花塗、呂色塗以外の色々の材料を用いたり
変った塗り方をしたもの。江戸時代に刀の鞘の塗り方として
発達したところから鞘塗とも称する。その種類は100種類にも及ぶ」
とすると、江戸時代頃に生まれた技法ということでしょうか。
ある藩は、刀鞘の色合いを身分に生じて区別制定したことから
藩の漆工は、特殊の意匠や技巧を凝らし、美麗を競い、
多数の発明が生じて100種類の多きに及んだといいます。
今回は、先人の偉大な発明「卵殻」の工程についてレポートします!

私達の工房では、まとめて卵殻の下準備をしています。
どこかに、殻だけ売っていると良いのですが
そうもいかないので、自分たちで用意しないといけません。
「純白」の表現は、裏面には膜があるので、表面を使用することになります。
よって、うずら卵の表面にあるマダラ模様を、酢につけて落とす作業から始まります。
しばらく酢につけると、ぷつぷつしてくるので、磨いて落としていきます。
酢の塩梅が良い頃になると、瞬く間に白くなって、それは、気持ち良いひと時です。
そして、上下に穴をあけて、中の黄身を取り出します。

次に、はさみで切って二つに開いて、裏面の薄皮を剥いでいきます。
卵をはさみで切ることは、言葉にできないほどの、不思議な感触でしたが
薄皮を向くことは、もどかしいほどに大変な作業です。
薄皮が残ってしまうと、漆がのらなくて使えないので
綺麗に剥いでいかないといけないのです。
しかし、細い筆を扱う蒔絵師さんたちにはお手の物で、
見ていて気持ちいいほどに、次々に綺麗に剥がれていきました。
最後に、表裏を間違えないように、裏を墨で黒く塗って、ようやく下準備が終わりです。
「卵の表面を磨く、卵を切る、黄身を出す、皮を剥く、墨で塗る」
気付けば外は夕暮れ、皆でかかって、1日仕事となりました。

ここまできて、ようやく漆の作業室へ戻ります。
半分に割られた卵を、いよいよ破片のようにしていきます。
ひびを入れていく瞬間。
氷の張った湖面や雪の結晶を彷彿させるような美しさの連続は
惚れ惚れしいひと時です。
「Mist(写真一番下)」のように、小さいアイテムは
先に卵を割ってからのせていきますが、
「Mist Round(写真一番上)」のような大きいアイテムの場合は、
白蝶貝の上に、卵殻を載せてから割っていきます。

いよいよ、漆を塗りこんで、漆を接着剤として、卵殻を置いていきます。
一つ一つの卵殻が、意図されたパズルのように、さくさく埋まっていきます。
「これはどこにしようかな」なんて、迷いのないスピードは、一緒に見ていただきたいほどです。
そして、今日の仕事は、ここで終わりです。
漆を一晩乾かして、翌日に漆を塗りこみ、また乾かす作業へと続いていきます。
漆が乾くときには、水分を吸収するイメージなので
この乾燥する冬場は、漆が乾くのに夏より2倍ほどの時間がかかっています。
冬場は漆も、やや冬眠状態のようですね。

「卵の表面を磨く、卵を切る、黄身を出す、皮を剥く、墨で塗る、卵を割る、置く」
工程の一つ一つは、見ることも、体験することも
心地よいひと時と美しい時間に包まれていました。
「蒔絵とは、表面の表情を変え、質感をも変容させる特徴があります。」と
蒔絵師・大下香征は言います。
質感の違いというまた別の角度からも
蒔絵をお楽しみいただければ嬉しく思います。

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